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ANACHRONISM(時代錯誤)+ROVER(海賊)=ANACHROVER

突然、右斜め前方からプラスチックの小さなボールが吹っ飛んできて、俺の額を直撃する。

真っ黒に肌を焦がしたサーファー風の両親に挟まれてお子様専用チェアーに座り、自分の顔よりデカいハンバーガーにがっつく幼い坊主が、悪戯な笑みを俺に向ける。

どうやって食えばそんなふうに仕上がるんだ?
鼻のてっぺんにはホワイトソースを、両頬にはトマトソース、何故か眉毛の下やこめかみのあたりにまで茶色いソースをべっとりつけて、「俺の球、すげぇだろ」とでも言いたげだ。

俺はテーブルの下に転がるボールを拾って口の中に放り込み、ゴクリと呑み込む真似をする。
ガキンチョ相手に必死になんなって?関係無いだろ。俺の負けず嫌いに火がついたらもう自分でも止めらんない。
坊主からよく見える角度まで顎を上げ、喉仏を大袈裟に上下させる。
ボールは上がったり下がったり何かに引っ掛かったりしながら狭い食道を抜けていく、真似をする。
3色のソースで顔面装飾された間抜けな怪獣は驚いて、目も口も鼻の穴も大きくぽっかり開けたまま凍りついた。
おしゃべりに夢中だったパパとママは坊主の異変に気が付いて、坊主の視線の先を追う。
俺は何も知らないただの客を装って、フィッシュバーガーにかぶりつく。
(怪獣くん、残念ながら俺様の勝ちだな)

ここはROCK VILLAGEから5,000kmほど離れた常夏の島「カヴァーズ アイランド」

かつての海賊仲間、ペティに偶然再会したのは、ちょうど半年前のことだった。
航海の最中、暇さえあればギターやベースの弦を弾いて唄っていたペティは、俺が海を離れてすぐに同じく海賊を卒業し、取り憑かれたようにROCKに明け暮れた。そしてもともと才能があった彼は世界で5本の指に入るベーシストにまで上り詰め、地球最高級のROCK FESに出場していたというわけだ。

「お前、変わってねぇよなぁ、くだらねぇーことでムキになる性格」ペティはパイル素材のガウンに零してしまった炭酸水を甲で叩きながらそう言って、呆れたとも微笑ましいとも取れる曖昧な表情を見せた。
「おいおい馬鹿言うな。くだらなくはないさ。これも立派な教育の一環だろ」
「教育してやんのは坊主の前にあのサーファー夫婦だろうが。ゴミも捨てずに散らかし放題で出て行っちまったじゃねぇか」ペティは親子3人が座っていたテーブルを顎で指し、ボンテージパンツのポケットからライターを取り出す。
「ペティも変わってないな。尖った身なりしてるくせに、礼儀には厳しい」
「人を見た目で判断する奴も、礼儀がなってねぇ」ペティは煙草に火をつけて、窓ガラスの向こうに視線をやった。

小さい怪獣は両親の後を追って、砂浜のほうへと消えていく。
俺の中に淋しさが込み上げる。
(あいつ、可愛かったな…またどっかで会おうぜ)

「ところでペティ、さっきの話の続きだけどさ。この島の半分はお前が所有してるってわけか?」俺は話を巻き戻してから、奥歯と奥歯の間に挟んだままのボールを吐き出す。
「まぁ、金を出したのは俺なんだけど。そういうの抜きにして、島も海も全部、地球は地球だな。俺ら人間は自然界からちょっとお借りするだけ。自然のあらゆるサイクルの邪魔をしねぇように、礼儀正しくな」こういうところも変わらない。ペティは尖った身なりをしてるくせに、時折、ブルッと身震いするほど格好良くて真面目なことを言う。

水平線間際の空が橙から淡紫へと変わる時分、俺はペティに連れられて、「オルエリア」と呼ばれる練習場にやってきた。
練習場とはいえ、この島の半分をカバーするわけだから、一周歩けば3、40分はかかる。
ペティは2年ほど前にこの島の半分を自分のものにし、世界中から有能なミュージシャンを集めて育て始めた。そして今ではミュージシャンにとどまらず、ペティの感性を敬う多くの芸術系アーティストまでもが集うようになったんだそうだ。

オルエリアにはログハウス調の建物がいくつも点在し、ヤシの木やクロトンやポトスなどの植物が、その一つ一つを囲うように生い茂る。

「よぉ、シャルル。俺の大事な奴を連れてきたぜ」
最も海に近いハウスでペティが最初に声をかけたのは、シャルルというスプレーアーティストの青年だった。

シャルルは色とりどりの顔料で汚れたアロハシャツの裾で手を拭ってから、俺に握手を求めた。無論、俺の右手は昼間に出会った怪獣くんのように装飾される。

シャルルが描く、巨大なイラストボードの中の世界。
葉巻を食わえたシマウマが、満月の上で不思議なポーズをとる。そのすぐ近くに浮かぶ雲に乗った兎と金髪の少女は手を繋ぎ、空に向かってジャンプしようとする。月明かりの下、赤と黄のハイビスカスが咲き乱れ、そのうちの一輪を目指して虹色の雨が一筋降りる。

定位置に戻ったシャルルは、ハイビスカスの絨毯の上にピンクオレンジの顔料を吹きつける。何の迷いも無く、何かに指示されるでもなく。

隣の部屋では刺繍入りのフードシャツを着たリカルドという長髪の男が、大木に彫刻刀を入れたり抜いたり、指でその切り口を確かめたりしている。
この大木の行く末は、女の裸体か。それとも地球以外の生物か。リカルドに聞いたら、「明日の空模様次第で決めるよ」って、ウィンクと一緒に返された。 その横で、東南の国から来たというウンジュが、シルクの布地でドレスを縫っている。まだ十代に思しき彼女は、「いろんな果実や草木から染料を作ってみたの」と嬉しそうにドレスの胸元に縫い付けられたレースを持ち上げて見せた。

ワーグナーのレッスンがあるからとハウスを出るペティを追って、そこから100mほど離れた別のハウスに向かった。
広くて天井が高い部屋の端っこに3台のドラムセットが構え、その真ん中でベースを抱えたワーグナーと俺と同じ歳くらいの黒人ギタリストが華麗なテクニックで音を操っている。
ペティと俺に気が付いたワーグナーは弦の上を踊る手を止めて、丁寧にお辞儀をする。
ワーグナーはさっきまでの弾けた表情を引き締めて、緊張した面持ちでパッチワークシャツの袖を捲る。
ペティが頷くと、ワーグナーが演奏を始める。

しばらく聴き入っていた俺はテラスのベンチに腰をかけ、自分が今どの時代に生きているのか分からなくなっていることを想う。
眼前に広がる海に学ぼうとするけれど、そんなに簡単なことではないのだろう。

遠くて近い場所で、夕陽が地球の裏側へと姿を隠し、それを追うようにオキゴンドウクジラの群れがゆっくりゆっくり西に向かって泳いでいく。

こうして、植物と動物が息吹くこと。誰かに出会うこと。生きること。幸福を知ること。そんな当たり前のことが、この島では特別に映る。

ワーグナーのレッスンを終えたペティが俺の隣に座る。
俺は答えを知っているくせに、あえて質問をする。
「なぁペティ。どうして島なんだ?それも太平洋の真ん中にポツンと浮かんだ不便な島を半分買ってまでさ」
「スターを育てるのなら、都会でもできるだろって?」ペティは穏やかにそう言った。
「ミュージシャンもアーティストもさ、自然界のことを理解してなけりゃ、くだらねぇだろ。そいつも作品も。自然の力を借りなきゃな。だから俺はここで教える。音楽や芸術のことよりも、生命の一員として最も大切なことを。海賊野郎のときに自然から学んだことをみんなに伝えたくてな」
ペティは、尖った身なりをしているくせに……

ペティは赤いTeeシャツの衿もとからシルバーのネックレスを抜き出す。航海の途中に病気で亡くなったドールマンが付けていたものだ。

「ROCK VILLAGEでお前に再会して、一緒に海を渡ったお前ならこの島のことを気に入るはずだって、そう思ったんだ」
ペティはネックレスを握り締め、昔と変わらない笑顔を見せる。